須臾として悠久の刻 第6話

 それから数日が過ぎ、放課後俺は、佑里葉が本当に行きたい場所を探して街を歩き回っていた。
 しかしあちらこちらと歩き回ったが中々見つからず、初めは積極的だった佑里葉も徐々に落ち込んでいる時間が多くなってきた。その気持ちは分からないでもないが、
「そんなに大事なところなのか?」
 公園のベンチで一休みしているときにそう訊くと、小さく頷き、
「ウン。大事な場所なのに、忘れちゃ行けない場所なのに、どうしても思い出せない…」
 そう言って俯く。元気が取り柄と言ったら悪いかもしれないが、いつも元気な子がこう落ち込んでいるのは見ていられない。どうにかしてやりたいんだが、どうするかな? 取り敢えず気分転換しか思いつかないが、一応提案してみるか。
「なぁ、明日って暇か?」
「ウン、暇だけど?」
 佑里葉は不思議そうに顔を向ける。
「息抜きでどっかに出かけないか?」
「えっ?」
 佑里葉は驚いた顔に変わる。
「いや、学校も休みだし、気分転換をした方がいいかなって思ったからさ」
「気分転換? どうして?」
 再び不思議そうにしている。相変わらず表情がコロコロ変わるな。落ち込んでいても変わらない部分があると安心できる。
「ちょっと疲れてきているように見えたからさ。根詰めるなって言えないけど、詰めすぎると大事なことや物を見落としてしまうかもしれないし、何よりも体によくないって」
「でも、せっかくのお休みの日まで…」
 その表情から遠慮しているのが分かる。確かに数日とは言え、毎日自分のことで付き合って貰っている人に休日まで迷惑はかけたくないだろう。だから、
「休日だからこそ羽を伸ばせるんじゃないか。学校帰りだと制服だし、羽を伸ばそうとしても限界があるだろ? そんな制限付きで気分転換なんて出来ないだろう?」
 自分比二倍の明るい声を出す。少々わざとらしいかもしれないが、これくらいしないとダメなような気がする。ついでに自分比二倍の笑顔でも向ければいいかもしれないが、それはさすがに恥ずかしい。
「それはそうだけど…」
 佑里葉は視線を前に向けると少し俯く。これはもう一押しか? やっぱり笑顔でも…。そう思っていると佑里葉は、軽く頷いた。
「ウン、そうだね。たまに気分転換も必要だね」
 そう言っていつもと遜色ない笑顔を向けてくる。
「それで何処に行くの?」
 乗り気になったのはうれしいけど、落ち込んでいるのをどうにかしようとして言ったまでであって、ハッキリ言ってそこまで考えてませんでした。
「誘っておいてなんだが、お前が行きたい所って無いのか? 何処でもいいぞ」
 その言葉に佑里葉の笑顔に陰が差す。やっぱりあのことが頭から離れないよな。何かフォローしなければと思ったが、すぐに陰が消えて、
「私、あそこに行ってみたいな」
 そう言って指をさす。
 その方向を見ると、何かの立て看板があり、よく見るとそれは、最近出来た遊園地の案内であった。
「この前見かけて、行ってみたいな、って思ったけど、さすがに一人で行ってもつまんないから」
 何処でもいいって行った手前断れないが、よりにもよって遊園地ですか。何か気分転換というよりデートのような気もしないでもないな…。
 って、ちょっと待て。俺は今何を考えた? デートだって? いや、これは純然たる気分転換だ。そうに決まっている。
「あの、克敏君? 何度も頭を振ったり頷いているけど、どうかしたの?」
 その声に佑里葉を見ると、怪訝そうに見返している。もしかして自分を納得させるのに無意識で頭を動かしていたのか?
「いや、なんでもない。気にしないでくれ」
 少しどころじゃない、かなり恥ずかしい。だがそれを引きずっていては怪しまれる。取り敢えず気持ちを立て直そう。
「ああ、遊園地ね。確かに気分転換に最適だな」
 顔を前に向けて笑顔を作り頷く。しかし遊園地って何かこいつの雰囲気に合っている気もするが、それを言ったら間違いなく拗ねるな。
「克敏君…。何か今、失礼なことを考えていませんか? そんな顔してますけど?」
 顔を向けると、佑里葉は横目で少し睨みながら拗ねている。言わなくても顔に出ちゃ元も子もない。でも考えた内容までは分かっていないようだ。
「どうせ意地悪な克敏君のことだから、遊園地が私にぴったりだとか思ったんじゃないですか?」
 いや訂正。ほぼ当たってます。でもその拗ねようから俺が考えている以上のことを想像している気がする。
「どうせ私は子どもっぽいですよ…」
 やはり、か。何か身長が、スタイルが、出るところが、なんてぶつぶつ言っているようだけど、俺はそんな外見的特徴で…それも少しはあるけど、それ以上に行動からそう思っただけなんだが。でもそれを言ったら収拾がつかなくなるな。
「何か勘違いしているみたいだが、俺はそんなこと思ってないぞ」
「ホントに?」
 完全に疑いの眼差しだな。
「あのな、そんなに俺って信用無いのか?」
 もしそう思われているとしたら何か少し悲しいな。
「ウウン、信用がない訳じゃなくて、克敏君って意地悪だから、また何か企んでいるんじゃないかって思ったから」
 これはこれで悲しいな。でも、
「そうやってお前は意地悪、意地悪って言うけどさ、そんなにしたか?」
 その言葉に佑里葉は「うーん」って唸りながら指折り数え始める。
 もしかして、いやもしかしなくても意地悪した回数を数えているようだけど、両手を使うほど意地悪したか? 自覚はないが。
「取り敢えず両手で数えられない位したよ」
「鯖読んでいるんじゃないのか?」
 どう考えても十回以上なんて多すぎる。さっきも言ったが自覚はないが。
「鯖なんて読んでません。事実です」
 佑里葉は真面目な顔で頷く。こっちに自覚がない以上、回数については反論の余地はない。でもこのままってのも癪に障る。
「それが事実だというのなら、その証拠の提出を要望する」
「証拠?」
「そうだ。事実というのなら証拠があるはず。それを見せて貰いたい」
 その言葉に佑里葉は視線を上に向けて考え込み始める。物的証拠なんてあるわけない。さてなんと答えるかな? 答えられるわけ無いさ。
 だけど、
「証拠はあります」
 佑里葉は顔を戻すと自信に満ちた眼差しでまっすぐ見つめる。あるって? そんなバカな。
「証拠は、この私です!」
 そう言って自分の胸元に右手をおいて胸を張っている。
「ハイ?」
「意地悪をされたと言っている私が証拠です」
 オイオイ、斬新すぎる証拠だな。ってそれって証拠にならないだろう。捏造し放題だぞ。
 でも、これ以上続けたって水掛け論になるのは火を見るより明らかだな。人生諦めも肝心、今回は譲ってやるよ。
「分かったよ。その証拠を採用するよ」
「フフフ、これで克敏君が意地悪だと言うことが確定しました」
 佑里葉は勝ち誇った笑みを向ける。
「で、そんな意地悪が確定した俺と一緒にいて、お前は楽しいのか?」
 諦めも肝心ってさっき言ったけど、この顔見ていると、一矢報いたくなるは仕方がないことだな。
「えっ?」
 佑里葉の表情が一転して曇る。
「私、そんなつもりで言った訳じゃ…」
 効果抜群だが、少しかわいそうだな。
「ハハハ、冗談だよ。ただいつもの意地悪に対する意趣返しだろ?」
 佑里葉は、その言葉にしばらく唖然としていたが、その意味に気付いた途端、顔を紅くして体を小さく震わせる。
「うぅ、やっぱり克敏君って意地悪さんです」
 そう言って思いっきり頬を膨らませる。
「ゴメン、ゴメン」
「謝っても許してあげません。今回のはひどすぎます」
 佑里葉は膨れっ面のまま背を向ける。確かに少しやり過ぎだったな。
「ホントにゴメンって」
「つーん」
 拗ねているのは分かるが、口で効果音を出さない。まぁ、そのおかげで屋上の時のようにふざけ半分って言うことが分かったが、何時までも背中を見ているわけにはいかない。
「悪かったよ、機嫌直してくれよ。…そうだ、遊園地で何か奢ってやるからさ」
 その言葉を待っていた、とばかりの笑みで佑里葉は振り向く。
「それなら許してあげる」
「現金なヤツだな、お前って」
 クスクス笑っていやがる。まっ、いいか。こいつも楽しそうだし。
「それで明日の予定はどうするの?」
「そうだな、明日は朝十時に駅前で待ち合わせって事にしないか」
「ウン、それでいいよ」
 佑里葉は、笑顔で頷く。
「楽しみだなぁ」
 その顔から楽しみにしているのが手に取るように分かる。こんなに喜んでくれると誘った甲斐があるってもんだ。
「何奢って貰おう…」
「もしかしてそっちが楽しみなのか?」
 さっきの心情返せ。
「そっ、そんなこと無いよ。もちろん、遊園地に行くことが楽しみなの」
 慌ててそう答えているけど、眼が泳ぎまくっている。なんて言うか、ある意味素直だな。
「そう言う事にしておいてやるよ」
「そんなこと無い。ホントに遊園地に行くことが楽しみなの」
「分かったって。だからそんなにムキになるなよ」
 佑里葉はムスッとした顔をしていたが、顔を緩めクスッと笑うと、
「今日はここでバイバイだね」
 腕時計を見ると確かに少し遅い時間になっている。段々日が長くなってきているから気付かなかったな。
「そうだな。それじゃまた明日な」
「ウン」
 佑里葉は笑顔で頷くと手を振り公園を後にした。さてと、駅に行って時間確認でもしておこうか。

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須臾にして悠久の刻 第5話

 なんだかんだで佑里葉の薦められるままに弁当を粗方一人で食べきってしまった。
 ちょっとどころじゃなく腹がきつい。でもまぁ、美味しかったから満腹感も心地いいけど。
「ハイ、お茶」
 佑里葉は魔法瓶から紙コップにお茶を注いで手渡した。
「サンキュ」
 それを受け取って一口啜りながら後片付けをしている佑里葉を見る。さっきも思ったけど、結構可愛い顔をしているよな。
「ウン? どうしたの?」
 その視線に気付いたのか、片付けていた手を止めて不思議そうな視線を向けてきた。
「あっ、いや、別に…」
 何焦っているんだよ。益々不思議そうに見ているじゃないか。
「そう、なの?」
 そう言って小首を傾げていたが、何かに納得したように一つ頷く。そして、
「ねぇ、克敏君。今日は暇かな?」
 そう言って笑顔になる。
「暇だったらどこかに遊びに行かないか、って言うことか?」
 いつものリズムを取り戻すべく少し茶化すように言うと、プクッと頬を膨らませる。
「ホント、克敏君って意地悪さんだね」
「俺はなんも意地悪なことしてないぞ。お前が言いそうなことを先に行ってあげただけだが」
 何かこう頻繁に意地悪さんって言われると、本当に意地悪したくなる気持ちが起こる事って、仕方がないことだよな。
「それはそうかもしれないけどぉ…」
 今度は口をへの字に曲げて拗ね始める。ホントによく表情が変わるヤツだな。しかしこうも表情がコロコロ変わるのを見ていると意地悪を続けようにも笑いがこみ上げてしまう。
「克敏…君?」
 我慢しきれずに声を出して笑い出してしまい、それを佑里葉は唖然とした表情で見ている。
「悪い悪い。お前があんまり俺の事、意地悪さんって言うから、本当に意地悪してみようと思ったんだが、お前の顔がコロコロ変わるもんだから…」
 どうにか笑うのを止めて少しにじんだ涙を拭う。
「うぅ、そんな意地悪するなんて、克敏君、ひどいです」
 むくれ顔を見せると同時に背を向ける。ちょっと待て。なんでそうなる。
「オイオイ、ひどいってなんだよ。お前がいつも意地悪さんって言っているじゃないか」
「言ってはいるけど、本当に意地悪するなんてひどいです」
「本当に…って、言っていることが支離滅裂だぞ」
「そんなことありません。理路整然としています」
 何処をどうすれば理路整然って言葉が出てくるんだ? …しかし、このまま背中を見ていても仕方がない。これは謝るほか無いな…。
「ゴメン、ほんの冗談だから許してくれないか」
 その言葉に少しの間が開く。これは本気で怒ったのか? そう思い始めた頃、佑里葉から押し殺すような笑い声が聞こえ、振り返ると、
「やっぱり克敏君っていい人だね」
 そう言って笑顔を向ける。
 許してくれるのはうれしいが、ちょっと待って欲しい。あの笑い声はなんだ? もしかしてこいつ…、
「拗ねた振りをしなかったか?」
「えっ? そんなこと、無いよ」
「どうだか。今だって眼が泳いでいるようにしか見えないが?」
 その指摘に佑里葉は俯いてから上目遣いで見る。
「そんなことを言う克敏君ってやっぱり意地悪さんです」
 小さく舌を出してから笑顔になる。
「お前ってヤツは…」
 呆れるしかない状態であるが、何かこいつらしいような気もするし、取り敢えず話を戻すとするか。
「それで、どうするんだ?」
「何を?」
 そう言いながら佑里葉は、小首を傾げて不思議そうにしている。
「何を? …じゃないだろ」
 オイオイ、何か頭の上にクエスチョンマークがたくさん出ているような顔をしているが、まさか忘れたとか言わないよな…。
「俺は暇だが…、って言えば分かるか?」
 それを聞いてもなお小首を傾げたままでいたが、ようやくその意味が分かるとみるみる顔が明るくなっていく。
「それじゃ」
「今日、遊びに付き合ってやるよ」
「ホントに?」
「ああ。そうじゃないと、遊びに行くまで毎日のように訊いてくるのが容易に想像できるからな」
「一言余計です」
 佑里葉は頬を膨らませむくれる。ホントによく変わるな。そう思いながら笑うと益々むくれ顔になっていく。
「ゴメンゴメン。ホント俺って意地悪さんだよな」
「そうだよホントに」
 佑里葉は困った子どもを見るような顔を見せてから、
「でも克敏君らしいけどね」
 そう言って笑顔になる。
「何が俺らしいんだ? 俺の事なんて知らないくせに」
 呆れ顔を向けるが、佑里葉はニコリと笑顔を返す。
 その笑顔から何か見透かされているような不思議な感じを受ける。でもその感じの意味が分からない。だから今は考えないようにする。
「でだ、何処に行きたいんだ?」
「あのね、えっとね。…あれ? 確か克敏君と一緒に行きたい場所があったんだけど…」
 そう言って考え込み始める。
「大丈夫か? まだ物忘れが始まる歳じゃないだろ?」
 呆れながら少し茶化してみるが、
「おかしいな…。忘れるはず、無いはずだけど」
 佑里葉は、呟きながら首を傾げて真面目に考え込んでいる。そんな姿にため息一つ。
「そんなに思い詰めるなよ。単なるど忘れだろ? その内に思い出すさ」
 その言葉に佑里葉は小さく頷き、
「そう、だよね。きっと思い出すよね」
 そう言って少し陰りのある笑顔を見せる。いつものではないが、仕方がないな。取り敢えず俺だけでも俺だけでもいつもの調子でいればまた元に戻るだろう。
「で、どうする?」
「ウン、私が行きたいところは思い出せないから、今日は克敏君の行きたいところでいいよ」
「俺が行きたいところ?」
 だからと言っていきなりそう振られてもなぁ。
「どこでもいいよ」
 そう言って笑顔を向けているがな、
「俺は、お前が遊びに行こうって言うから、それに付き合ってやろうと思っただけだからなぁ…。とりわけ行きたいところがある訳じゃないんだよ」
「そっ、そうだよ、ね。私から誘ったんだもんね。いきなり克敏君に訊いたってダメだよね」
 佑里葉は伏し目がちに言う。確かにその通りなんだけど、そう落ち込まれるとこっちもあまりいい気がしない。
「まぁ、帰りまでに行きたいところを思い出すかもしれないし、思い出さなかったら、そのとき考えればいいだろう。俺も何か考えておくからさ」
 その言葉に上目遣いで戸惑いの目を向けている佑里葉に笑顔で頷く。
「ウン、そうだよね。放課後までに思い出せるかもしれないもんね」
 佑里葉は顔を上げて一つ頷くと、ようやくいつもの笑顔に戻る。ウン、やっぱりこいつは笑ってなくっちゃな。
「そう言う事だ。…さてと、そろそろ昼休みも終わるし、教室に戻るか」
 立ち上がりながら腕時計を見ると、もう少しで予鈴が鳴る時間を示している。
「そうだね」
 佑里葉も頷くと、手際よくシートを畳み、重箱と一緒にカバンにしまい込む。
「それじゃ放課後、玄関で待っているね」
 佑里葉は微笑みながら軽く手を振り、跳ねるような足取りで校舎に戻っていった。

「ごめんなさい」
 佑里葉は放課後で会ってから数回目の言葉を口にした。
「もういいって。物忘れなんて誰にだってあることなんだから」
 責任を感じているのは分かるが、謝りすぎだ。
「そうなんだけど…」
 あまり納得していない表情を見せる。
「責任を感じているのは分かるが、それ、溶けてきてるぞ」
 佑里葉の目の前におかれているパフェのソフトクリーム部分が張りを失いつつある。
「取り敢えずそれ食べてしまえよ。それからでも考え事は出来るだろ?」
「そう、だよね」
 佑里葉は、納得していない表情のまま軽く頷きスプーンを取り上げる。そしてソフトクリーム部分を掬って口に運ぶ。
「あっ、これ、美味しい!」
 一口含んだ途端、表情が明るくなる。
「そう、か?」
 毎度のことだが、ホントに表情がよく変わるヤツだな。「今泣いたカラスがもう笑う」ってこいつのためにある言葉のような気がするよ。
「ウン、こんなに美味しいの食べたこと無いよ」
 既に満面の笑みになっている。しかしまぁ、少しは気が晴れたようでよかったよ。
「でも克敏君? よくこの店知っていたね。食べに来たことあるの?」
「いや無いけど」
「えっ? 無いの? だってここ美味しい店だって…」
 佑里葉が驚きの視線を向けてきた。
「ああ、さっきの言葉か。今日な、近くの女子がそんな話をしていたのを耳にしたんだ。いつもなら聞き流しているんだが、何かお前が甘い物を好きなような気がしたから、覚えておいたんだよ」
「克敏君…」
 由理香が柔らかい微笑みを向けてくる。そのいつもの無邪気な物と違う笑みに大人っぽい色香を感じる。そんな表情をされると少し照れるな。だから視線を少し逸らす。
「やっぱり、克敏君らしいね」
 佑里葉はフフフと笑いそう呟く。その言葉に疑問が浮かぶ。
「なぁ、少し気になっているんだが、俺とお前、どっかで会ったことあるのか?」
「どうして?」
「どうしてって、お前よく「俺らしい」って言うだろ? だからどっかで会ったことがあるかなって思ったからさ」
 佑里葉は一瞬だけ視線を落としてから笑顔を向ける。
「そんなこと無いよ。私が克敏君らしいって言うのは、雰囲気からそう思っているだけだから」
 そう言ってパフェを食べ進める。
 雰囲気からそう思う物なのか? どう考えてもそうは思えないが、その点を訊いてもスプーンを咥えたまま笑顔で頷いている。まっ、こいつって何を考えているか分からないから、そう思うしかないかもしれないけど、何かため息が出るな。

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須臾にして悠久の刻 第4話

 午前中の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、教室にざわつきが戻ってきた。
「さて、購買でも行こうか」
 友人達に身振りでそれを伝える。さてと今日は何を食べようか…。そんなことを考えながら廊下に出た途端、
「克敏君」
 と背後から声が掛かる。この声は…。朝と同じように驚いていた気持ちが徐々に冷めていく。
 ため息を吐いてから振り向くとやはり声の主は佑里葉であった。
「一緒にお昼しない?」
 両手で持っている少し大きめのバッグを胸の高さまで持ち上げると笑顔を向けてくる。
 ウン? 何か周りが変にざわついているような気がする…。って、視線を目一杯集めているじゃないか。
 確かにこのシチュは、野次馬の格好の的になるかもしれないし、俺が第三者なら見てしまうだろう。…でもその当人となると話は別だ。これは恥ずかしすぎる。
「ちょっとこっちに来い」
 佑里葉の腕を掴み、少し強引に引っ張る。戸惑っているようだが、返事を聞いている暇はない。とにかく一刻も早くここから離れないと神経が持たない。

 取り敢えず外階段の踊り場まで来た。ここなら人目に付きづらいだろう。
「克敏、君。どう…したの?」
 その声に振り返ると佑里葉の瞳に少しの怯えの色が浮かんでいる。
 仕方がないかもな。いきなり強引に連れて来られたら誰だってこういう瞳の色を見せるだろう。でもだからと言ってそれを謝罪する気にはならない。
「お前な、少しは考えろよ」
「何を?」
「時と場所だよ」
 佑里葉は怯えながらも怪訝な顔をする。そう言えばこいつって、そう言うTPOを弁えないヤツだったな。
「分からないならそれでいいよ」
 説明するのもめんどくさい。どうせ説明したってこいつが理解するかどうかなんて怪しいもんな。
「克敏君、怒ってる?」
「少しな」
 頷きながら言うと、佑里葉の顔が少し強張るのが分かる。そして俯く。
 そう言えば昨日も怒っているかどうか訊いたときも不安そうにしていたな。その理由は解らないが、俯かせたままというのは、何か居心地が悪い。めんどくさいのは変わらないけど、説明するしか解消する方法はないか。
「あのな、怒っていることは怒っているが、それはお前自身って言うより、お前の行動に対して怒っているだけで、少しは相手のことを考えて行動したらどうなんだ? ってことだよ」
「私、何か間違ったことした?」
 不安に揺れている瞳で見上げている。やっぱり自分の行動を理解していないようだな。
「間違いって言うか、物事には時と場所を選べってことだよ。あんな他の生徒のいるとこであんなことするなんて」
「あんなことって?」
 佑里葉は不思議そうな瞳で見返している。
 もしかして、純粋に俺と話がしたいだけなのか? 話す目的しか見えなくて、他に気が回っていないのか? これは気付かせてやらないと後々面倒なことが起きること間違いない。
「あのな、あんな人目のあるところで、一緒に弁当を食べようなんて言われたら、その、なんだ。…こっちが恥ずかしいって言っているんだ」
 言っているだけでさっきの情景が思い出して何か恥ずかしいんだけど、何かこいつ、キョトンとしている。もしかして今言ったことの意味が分からないとは言わないよな…。
 しかしそれを心配する必要はなかった。佑里葉は数瞬の間の後、「あっ」と小さく発するとボッという擬音が聞こえそうな勢いで顔を紅くする。ようやく気付いたようだ。
「あの、わっ、私、そんなこと、考えて、なかった、です。だから…」
 やっぱりなんにも考えてなかったか…。と言うより、少しは落ち着けって。舌噛むぞ。
「痛っ」
 注意しようとしたそばから舌を噛んだようだ。少し涙目で小さく舌を出している。
「大丈夫か?」
 一応心配しているが、どうしても笑いがこみ上げてくる。
「なんで笑うんですか? ひどいです」
 紅い顔のままで拗ねる。努めて声だけは出さないようにしていたが、顔に出てしまっていたらどうしようもない。
「ゴメンゴメン。あんまりにもお約束過ぎたんでな」
 バレたんだから堪える必要はないよな。だから声を出して笑い始めると、佑里葉は益々むくれた顔になる。
「やっぱり克敏君って意地悪さんです」
 この台詞が出てくると言うことは、ようやくこいつも調子を戻してきたようだな。
 するとむくれ顔を止めてまっすぐこっちを見る。
「でもごめんなさい。私、何も考えてなくって、克敏君に迷惑かけちゃったね」
 そう言って頭を下げる。へぇ、結構素直なところがあるんだな。って感心しているばかりでなく、謝ってきたんだから許して上げないとな。
「いや迷惑って言うか、ちょっと恥ずかしかっただけだから。これから気をつけてくれればいいからな」
 その言葉に佑里葉は、顔を上げて少し赤みの残る顔で頷いて笑顔になる。
 これは不意を突かれた。正直可愛いって思ってしまった。だからちょっと顔を見ていられない。
「どうしたの、克敏君?」
 わざわざ顔を逸らせているのに目の前に回り込むなよ。意味が無くなるだろうが。何か怪訝そうな眼をしているよ。これは追求される前に話題を変えなければ。
「そっ、そうだ。昼、そろそろ食べないと時間が無くなるぞ」
「そうだね。それじゃ人目が無くてオススメの所に案内するよ」
 佑里葉はニコニコしている。
 一応考えてくれたようだけど、そんな場所、この学校にあったか? それに人目がないということは、二人っきりになる場所だって言うことで、図書室の場合は、計らずしてそう言う状態だったけど、こう意識がある場合は、これはこれで恥ずかしいな。
 でもこいつは、そんなこと考えてないよな。仕方がない付き合うとするか。
「それじゃ、そこに行こうか」
 その言葉に佑里葉はうれしそうに頷いた。

 オススメの場所って、屋上のことだったのか。
 確かここは生徒の立入を禁止している場所であるが、だいぶ前から鍵が壊れていて、一部の生徒にとっては有名無実になっている。
「やっぱりお弁当は外で食べるに限るね」
 佑里葉は、バッグの中からレジャーマットを取りだし、手早く器用に広げ、その真ん中に二段重ねの重箱を置く。
「さぁ、どうぞ」
 そう言って、笑顔で座るように促している。そんなことをしなくても座るけどさ。
 佑里葉は、俺が座るのを確認すると重箱の蓋を開ける。
「おぉ、結構豪勢だな」
 一段目にはおかずが、二段目にはおにぎりやおいなりさんなどのご飯物が入っている。見た目といい結構手間が掛かっているのが分かる。
「そうでしょ。特にこの辺がオススメだよ」
 ニコニコしながら鶏の唐揚げを指さしている。
「それじゃ、そのオススメから頂くかな」
 そう言って口に放り込む。
「美味いな」
 素朴だけど醤油ベースの下ごしらえがしっかりしてある味。効き過ぎの香辛料の辛みや、後味が悪くなる化学調味料の旨みが感じられないことから、市販の唐揚げ粉や素を使っていないことが分かる。正直な話、母親の作る物より美味しい。
「でしょでしょ」
 満面の笑みで頷く。
「しっかし、これ全部、お前が作ったのか?」
 唐揚げだけではなく、重箱にはお弁当の定番である卵焼きやタコさんウインナー。その他にもきんぴらにポテトサラダなどしっかり抑えてきている。
「そうだよ」
「大変だっただろう?」
 料理はしないけど、母親のを見ている限り、品数が増えればそれなりに手間が掛かるのは分かる。
「ウウン、克敏君に食べて貰うって考えたら全然大変じゃなかったよ」
 そう言ってニコリと微笑む。よくそんな恥ずかしい台詞、素面で言えるな。
 そのまっすぐ向けられている笑顔を見ていられなくなり視線をそらせると、クスクス笑う声が聞こえてくる。
「ねぇ、克敏君。こっちも自信作だから試してみてよ」
 何時までも視線をそらせているわけにも行かない。だから視線を戻してその自信作を食べることにした。

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須臾にして悠久の刻 第3話

 佑里葉に纏わり付かれた翌朝。いつも通りの時間にいつも通りの道を歩いている。
 このペースで歩いて行けば遅刻だけはしない。しなければ教師から小言を言われなくてもすむ。
 そう言えばここだったな、昨日別れた場所は。まさかと思うが…。
 辺りを見回してみるが姿は見えない。よかった。これで朝から纏わり付かれる心配はない。
「何がよかったの? 克敏君」
 背後から声が掛かる。今、声に出していたのか? って言うよりこの声は…。
「どうしたの? 朝から元気ないね」
 前に廻ってきた人物を確認するまでもない。佑里葉(アイツ)だ。
 元気がないって全く誰の所為だと思っていやがるんだ。って言いかけたけど、さすがに言えるわけがない。
「なんでもない、気にすんな」
 取り敢えず無視して学校に向かおう。
「克敏君って、こんなギリギリの時間に登校しているんだね」
 避けるように歩き出したけど、佑里葉は追いつくように小走りで横に並ぶと笑顔を向けている。やっぱり無視は功を奏しないか。
「まぁな、早く行ってもすることないし、それに成績が良くなるわけでもないからな」
 引き離すことは出来るが、それでも着いてきたとしたら、早足をしている男と、それを追いかける少女。端から見るとみっともない。仕方がない。しばらく付き合ってやるか。
「確かにそうかもしれないけど、平常点はよくなるかも」
 佑里葉は苦笑いになる。
「平常点って、今更のような気がするな、俺の場合」
「そうだよね。授業中に図書室で寝ているんだもんね」
「それをお前が言うか?」
 昨日、その授業中って時間に俺の所に来たのは誰だったかな?
「うぅ、克敏君の意地悪」
 佑里葉は拗ね顔になる。ホントによく表情の変わるヤツだな。暇つぶしに少し弄ってみるか。
「俺はなんも意地悪してないぞ。ただ昨日起こった事実を言っているだけだが」
「それはそうだけど…」
 益々拗ねる。中々面白いヤツだな。
「でも、やっぱり克敏君は意地悪さんです」
 佑里葉は小さく舌を出して笑顔になる。そして小走りで少し離れるとこっちをむき直して、
「早くしないと遅刻するよ」
 そう言って走り去っていった。
 全く忙しいヤツだな。呆れついでにため息が出た。

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須臾にして悠久の刻 第2話

 放課後。教室で友人と別れ、生徒用玄関に来た。そして自分の下駄箱がある列について目を疑った。
 そこには、図書室の安眠を妨害した佑里葉が辺りを見回すようにしながら立っている。
 まずい…。見つかったらまた纏わり付かれる。隠れないと…。
 そう思ったが、時すでに遅し。佑里葉がこっちを向いている。そして笑顔になると近づいてきた。
「克敏君、奇遇だね」
 満面の笑みってこういうのを言うんだろうな。少しだけドキッとしたが、それが免罪符にはならない。
「何が奇遇だ、なにが。どう見たって待ち伏せをしていたとしか見えないぞ」
「待ち伏せってひどい言い様だよ。ホントに奇遇なんだから」
 少しだけ拗ね顔を見せながら笑う。
「ただちょっと克敏君の下駄箱の場所を確認したついでに待っていただけなんだから」
 だからそれは奇遇とは言わないって。間違いなく待ち伏せだ。
「場所を知って何をする気だ? まさか悪戯しようとか、何か良からぬことをしようとしていたのか?」
「もう、子どもじゃないんだからそんなこと企まないよ。ホント克敏君って意地悪さんだね」
 少しだけ怒った顔を見せる。いやいや、待ち伏せをしている行動そのものが子どもだよ。
「でも、そんな言い方するのも克敏君らしいって言えばそうなんだけどね」
「何がだ」
「べっつにぃ」
 佑里葉は、コロコロという感じで笑っている。
「ったく、何が俺らしいだ。何も知らないくせに」
 下駄箱から外靴を取りだして履き替える。こいつに構っていたら何時までも帰られない。だから無視するように歩き出す。
「あっ、ちょっと待ってよ」
 由理香は、笑いながら後に付いてきた。

 帰り道。成り行きとは言え佑里葉と帰る羽目になってしまった。
 さっきから無視を決めて歩いているが、それに動じる様子もなく楽しそうに隣を歩いている。
 そう言えば確かこいつ、歳は俺と同じだよな。それにしては少し幼いって感じがする。
 見た目からもそんな感じを受けるからそう感じるのかもしれないが、それよりもなんて言うか、行動の一つ一つがそんな雰囲気を醸し出しているよな。
「ウン? 克敏君、どうしたのかな?」
 佑里葉が少し不思議そうな眼でこっちを見る。
「いや、別になんでもない」
 さすがに幼い感じがするなんて言えないな、気にしているかもしれないし。…いや、自覚していないかもしれない、こいつの場合。そんな感じがする。
「そう?」
 佑里葉は、少しだけ怪訝そうにしたが、すぐに笑顔に戻る。
「ねぇ、克敏君。これからどうするのかな?」
「どうするって、このまま家に帰るだけだが…」
「ふぅん、そうなんだ…」
 そう言って佑里葉は、視線を前に向け腕組みをして考え込み始める。
「家に帰るだけって言うことは、この後に何も予定がないって事だよね」
 図書室のことを思い出すと、何かいやな予感がするのは気のせいじゃないよな。
「そう言う事になるが、それがどうした?」
 何を企んでいる? また突拍子ないことを口走るつもりなのか?
「それじゃ、これからどこかに遊びに行かない?」
 どうしてそうなるんだ? 日常会話すら満足に出来ない間柄、って言うより知り合ってまだ数時間しか経っていない人間と遊びに行こうなんて、こいつの頭の中は、どう言う思考回路をしているんだ? 
 いや、こいつの場合、何も考えてないかもしれない。その可能性の方が高い気がする。
「どうしたの?」
 そう言いながら佑里葉は不思議そうな瞳でこっちを見ている。やっぱり思った通り、何も考えてない…。
「どうしたもこうしたも、なんで俺が、お前と、遊びに行かないといけないんだ?」
「だって私、克敏君とお話がしたいんだもん。だから取り敢えず、一緒に遊んでみればお互いのことを少しは分かるかな? って思ったから」
 佑里葉はニコリと笑う。確かにそうかもしれない。でも、
「なんでそこまでして話をしたいんだ?」
 至極当然の疑問。ここまでこだわる理由が分からない。
「それはね」
 佑里葉は眼を輝かせている。これは大層な理由があるのかって思わせるほどだな。でもそれは間違いで…。
「お話がしたいから」
 言い終えて満足げの笑みを見せているが、どうして話がしたいのかを訊いたはずだよな。だとすれば、今のは何の回答にもなっていないと思うが、俺の認識が間違っているのだろうか…。
「なんか怒ってる?」
 佑里葉は不安そうな視線でこっちを見ている。
「いや、呆れているだけで、怒ってはいないが…」
「なんだ、怒ってないんだ。よかったぁ…」
 ホッとした顔になっているが、呆れているんだぞ。それはいいのか?
「それで、そういう訳だから遊びに行かない?」
 ホッとしていたと思ったらまた笑顔に戻っているよ。
 しっかしなんでそんなにこだわるんだ? ホントに今日は、厄日以外何物でもないよ。ため息が出る。
「悪いが、今日はそんな気分じゃないんだ」
 今度は落ち込んだ表情になっているよ。よくまぁ、そんなにコロコロ表情を変えられるよな。
「そうなんだ…」
 視線を前に戻して俯く。少しの間。そして一つ頷くと笑顔を向けてくる。
「じゃ、仕方がないね。また今度、遊びに行こうね」
 どうしても行きたいようだな。これじゃ、行くまで言われ続けられそうだ。まぁ、気乗りしたら行ってもいいかもな。

 いつもの帰り道。商店街を歩いていると、佑里葉は十字路のところで立ち止まる。
「私の家、こっちだから」
 夕日に照らされている住宅街を指さしている。
「そうか、それじゃぁな」
 ようやく解放される。
「それじゃ、また明日ね」
 佑里葉は手を振って小走りに帰っていく。
 解放されたと思ったけど、明日ね、ってことは明日も纏わり付くつもりなんだ…。しかし冷静に考えてみれば、なんでアイツの相手をしなければいけないんだ? 別に親しい訳でもないんだから、そんな義理もない。だから明日声を掛けてきたとしても無視すればいいんだよ。
 でもなぁ、そんなことでめげないよな。今日の様子からしても…。だからといって、無視以上に邪険に扱うのは少々心が痛む。
 これだから女という生き物は扱い難い。男同士と違って、今一加減が分からない。仕方がない、様子見をするしかないか…。またため息が出るよ。

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